北アルプス 朝日小屋

朝日小屋 TEL 080-2962-4639(衛星電話)
北又小屋 TEL 0765-84-8809
開設期間外 朝日小屋連絡所
 〒939-0711 富山県下新川郡朝日町笹川 清水ゆかり
 TEL & FAX 0765-83-2318

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明けましておめでとうございます!!

2002-01-03

  朝日小屋から朝焼けの日本海を望む  2001年8月

 明けましておめでとうございます。皆様、お健やかに新年をお迎えのことと思います。

 富山県地方、元日は曇り空から雨だったお天気が、2日は朝から荒れ模様。北陸特有のボタボタと大粒の雪だったのが、午後からは気温が下がって細かい雪に変わり、今は結構積もっています。皆様の地方はいかがですか?

 今日は2002年の門出にあたり、ちょっと今年の抱負など。(いつもながら決意だけは立派!…笑)

 やはり沢山の登山者の皆さんに可愛がって頂ける、そんな朝日小屋を目指して頑張ります。去年の反省はいろいろあるので、その点を踏まえて準備も進めていきたいと思います。

 『行って良かった山小屋』『もう一度訪ねてみたい山小屋』…シーズンを通して、毎日全てのお客様にそう思って頂けるようにするには、小屋の設備面の充実もさる事ながら、迎える側の細かい気配りや心構えが必要です。大切なのはやっぱり「笑顔」…簡単なようで、これが一番難しい。

 私自身としては、自分の弱点を克服出来るよう頑張ること(弱点だらけで困っているのですが…笑)。

 そして、『人間的な成長』。誰か私に助言して下さった方がいました…「先ず受け入れること」。大きな自然にスーッと包み込まれるような、そんな優しくさりげない包容力が持てるようになりたいですね。これも努力目標です。

 それから、2001年のシーズンオフに決意した『写真』。これは頑張りたいと思います。「ファインダーの中の世界」が、きっと来シーズンの私をいろいろな意味で勇気づけてくれるような気がします。肩肘張らず、背伸びをせずに、自分の想いを伝えることが出来るような写真が撮れたらいいな。何だかとても楽しみです。

 2001年のシーズン途中に目覚めた『山歩きの楽しみ』…管理人がなにを今更、なのですが、この気持ちはこれからずっと大切にしていきたいです。管理人になると毎日山を歩くチャンスがあるようで、実際にはシーズン中になかなか時間が取れないのも現実ですが、出来れば朝日岳はもちろん、シーズンオフを中心に他の山も歩いていろいろ勉強していきたいと思っています。自然への様々な想いも、山を歩く事に始まると思います。

 『管理人日記』…皆さんの応援を力に、もちろん続けていきます。ズッコケあり、お笑いあり、涙あり、感動あり、そして教訓なども含めてありのままを、朝日岳の自然の素晴らしさとともに綴っていけたらと考えています。

 さてこの後も、シーズンオフとはいえいろいろな予定が入ってきます。

 1月中旬には、大蓮華山保勝会の初役員会。2月には「三県山小屋協会総会」。もちろんその間には「税金の申告」もあり(苦手)、諸々の会合への出席、早々と来シーズンのアルバイトの確保もしなくてはいけません。4月にもなると早い山小屋では営業が始まりますので、多分気分的にも物理的にも私も忙しくなります。いよいよ山小屋の物資の調達が始まるのはこれ以降でしょうか。

 昨年は自分自身の体力的な準備は全く考えていなかったのですが、今年は出来れば低山からの足慣らしはしなくてはいけませんね。そうそう、4月には栂海山荘への「除雪山行」に連れて行って頂く約束をしているんです。頑張らなくっちゃ!

 「新米管理人」という呼び方は1年目で終わりでしょうか、私としてはまだまだ新米に変わりはないのですが…(笑)。でもいつまでも「初心忘れるべからず」です。

 今年も頑張りますので、どうぞ朝日岳と朝日小屋、そして管理人を宜しくお願い致します!!

「藤原紀香より…」!?

2002-01-03

 再び番組スタッフの皆さん 

   オン・エアーとやまの下田会長、ディレクターの西山さん

   カメラマンの三国谷さん、VEの尾島さん

 いよいよ3日の夕方5時から、チューリップテレビの放映が始まります。ドキドキワクワク、そしてかなり恥ずかしくて、かなり心配…。

 1日の新聞の番組欄では、ナンと、あの富山県が生んだスーパースター・サッカー鹿島アントラーズの柳沢敦選手と並んで紹介されていて、もう本当にビックリ。

 そして2日の夜、長女に友達からメールが届きました。

 「あんたのお母ちゃん、藤原紀香よりたくさんCMに出とるわ」

 …番組宣伝がかなり浸透している。

 私、藤原紀香と比べられてしまった…(大爆笑!!)

『山小屋物語 女性管理人 雲上生活1年生の感動〜朝日岳〜』

2002-01-04

 子供たちが作った「雪だるま」

 昨日はチューリップテレビの放送を、家族と一緒にこたつでのんびり見ました。でも自分が主役の作品というのは、見ていてなかなか面映いものですね(笑)。

 放送が終わった後には、すぐ親戚や友人達から「見たよ!」のTELやメールが幾つも入りましたが、皆さん「良かったよ、頑張って!」と励まして下さり、本当に有り難い事です。

 でも、次から次へと私の涙する場面が流れ、揚げ句には「てらちゃんの涙・なみだ…」のカットや、そのてらちゃんにもらい泣きする森下 恭さんの姿まで、『全編・涙』のオンパレードになってしまいました(笑)。

 小屋開け前から始まって、例の「哲也への愛のビンタ」のカット、定員の倍近いお客様が押し寄せた「海の日」のドタバタの様子、小屋閉め、そしてシーズン最後のお客様の遭難騒ぎまで、まあ本当にいろいろな場面でカメラが回っていたのには、本当にビックリ!!

 しかしそれにもまして、朝日岳の自然の素晴らしさや厳しさ、小屋に集う仲間たちや支えてくださる関係者の皆さんの姿、そして何より「新米管理人」のドタバタと奮闘する様子と来シーズンへの意気込みや決意が良く描かれていたと思います。

 そして撮影場所も、朝日小屋はもちろん、我が家の様子あり、立山室堂山荘への取材、増村さんとの写真教室の為の信州・大町への取材と、本当にいろいろ撮って下さいました。

 昨年春に、ディレクターの西山さんが初めて私を訪ねていらっしゃった時の事が思い出されます。…「今年は立山開山1300年という事で、どの局もそちらに力が入っているのですが、私たちとしては富山県の東端にこんな素晴らしい山があるんだという事ももっと紹介したいと思います」 

 小屋開けから小屋閉めまで、30kg近い撮影用の機材を背負ってあの恵振山の尾根を何度も登って下さったスタッフの皆さん、到底1時間では収まりきらない出来事の数々を徹夜の作業で編集して下さった関係者の皆さん、本当に有り難うございました!!

 特に西山さんは山は初心者だったのに、「失神寸前」になりながらも(本人の弁)4度も朝日岳に通って下さって、その努力と根性には脱帽です。

 どうやら今年も取材に来て下さるという事なので、頑張ってもう少し成長した管理人の姿をお見せできればなぁと思っています。その節は、どうぞ宜しくお願い致します!!

「夢を追いかけて…」

2002-01-04

 朝日岳山頂にて  後方には白馬連山・剣岳  2001.8.16

 お正月という事もあって、どのテレビ局でも新春にふさわしい番組が目白押しです。その中で昨日は、サッカーの柳沢 敦選手とマラソンの高橋尚子選手の出演する番組を見ました。

 もちろんお二人とも世界を舞台に活躍し、高い理想とそれを実現する為の日々のたゆまぬ努力を続けている選手ですから、私のような平々凡々と暮らしている人間からすれば、当然かけ離れた世界の話です。

 でもお二人の言葉を聞いていると、「本当に好きなこと」の為ならきっと頑張れる、そんな勇気が湧いてきます。

 お二人とも世界のひのき舞台で活躍する事を夢見て頑張っている訳ですが、それぞれ本当に「サッカー」と「走ること」が好きで好きでたまらない、そういう様子が良くわかりました。強くなる為ならたとえ辛い練習だって楽しく思える、強くなる為には頑張れる、時に挫折を味わいながらも前へ進んでいく力強さを感じました。「夢を追いかける」そんな姿が、きっと人を惹きつけるのでしょうね。

 自分の事を言うのはとても恥ずかしいのですが、私もきっと「山小屋の管理人」の仕事がたまらなく好きなんでしょうね。何故って聞かれても困るのですが、昨日の「山小屋物語」の中で、自分自身そんな事を感じました。

 「好きだから、頑張れる」…その気持ちがきっと一番大切な気がします。

とうとうウイルスに感染…本当にゴメンなさい!!

2002-01-06

  8月末でもこんなにきれいに咲いています  ミヤマキンポウゲ

 本当にゴメンなさい!!…とうとう「ウイルス」に感染してしまいました。

 メールのやり取りをしていたり、私のアドレス帳に記載している方々には、もしかしたら私からの「感染メール」が送信されてしまっているかもしれません。本当に申し訳ありません。

 昨秋あたりからウイルスが横行し、私の所へも沢山の「感染メール」が届いていましたが、一応の対策を立てて注意していたつもりでしたが、うっかり何をどう操作してそうなったか分かりません。

 でもとことん「機械オンチ」の私。完全な「駆除と予防」を自分ではどうする事も出来ずにかなりブルーになって落ち込んで、さあどうしようかと思案していた所へタイミング良くBANさんから、「ゆかりちゃん、もしかしたらウイルス??俺の所に送信されて来たのを見たら、もしかしたらと思って…」という有り難いTEL。

 早速出張して、駆除と予防対策もしっかりして頂きました。感謝感謝…。

 以前に日記の中でウイルスの事を書いたのですが、この「感染メール」はウイルスが自身のコピーを勝手にメールに添付して送信し、ネットワーク上で自己増殖するワーム活動を行なうというものだったようで、もっと厳重に対策を取っておくべきだったと悔やまれます。

 手軽に操作できるパソコンでありメール送信なのですが、こんな風にトラブルに遭遇すると全くお手上げ状態の私。何より沢山の皆さんにご迷惑をお掛けしたと思うと、かなりショックですが、これに懲りずにお付き合いを宜しくお願いします。

 本当に申し訳ありませんでした。

年末年始はドタバタと…

2002-01-06

 痛々しい姿の「隼(ハヤト)」…でもかなりくつろいでいる様子

 今日は6日、いよいよ明日からは多くの皆さんが「仕事始め」ですね。8日が始業式の子供たちの学校が始まると、本格的に「今年」が始動します。

 新年がスタートして1週間近くになりますが、皆さん如何ですか? …実はこの年末年始、我が家は本当にドタバタしました。それこそ、いろいろと…

 年末にお義母さんが1週間の緊急入院。最近調子の悪かった足なのですが、急性関節炎を発症し一時的に歩行困難になり、年末23日から入院し30日に退院。今は無理をしないように、療養中です。

 年が明けてお目出たいはずの元旦早々に、写真に登場した我が家の愛犬「隼」が交通事故に遭いました。鎖を外したちょっとの隙に、車道に飛び出してしまいドーン…。骨折はしていなかったのですが、傷口が大きくかなりの出血。1月1日から獣医さんのお世話になりました。その為外で飼っていたはずの隼は、暫く室内犬として悠々と暖かい家の中に。

 そして4日の夜中から5日未明にかけての悪天候で、どうやら雷にやられたらしく、電話が通話不能に…。今日になってようやく電話の回線だけは復旧しましたが、パソコンをLANで繋いでいた装置までダメになってしまい、品物が入らないので8日以降にならないと回復しないと言われてしまいました。トホホ。。。

 ああそれなのに…、今日になってウイルスに感染している事が判明!!

 電話がダメなので、山にいた時と同じように暫く携帯に繋げようとやっていたのですが、それどころではありません。こちらはホームページでもお世話になっているBANさんがすぐに対処して下さったので、大事にはなりませんでしたが、それでも何人かの方々にきっと感染メールが送られて被害を広げてしまったと思うと、気持ちはどこまでもブルー。。。

 年末には誰か知らないけど、スピード違反なんかやっちゃったりして、かなり最悪です。

 …と年末年始はバタバタしました。もちろんお金も(笑)、思い切り羽根が生えて飛んで行ってしまいました。悲しくてとっても辛い…(笑)

 でもでも、考えようによっては、今はお義母さんの調子もまあまあだし、隼も命に別状はなくずい分元気になってきたし、後の出来事はまあ仕方なかったと考えなくっちゃいけませんね。

 今年1 年間のマイナス分を、先取りして済ませてしまったと思えばいいか…。

 今日は思い切り「重たい日記」になってしまってゴメンなさい。

 笑顔で吹き飛ばすしかないですね、ははは…。

じゃじゃ〜ん、今年一番の朗報!!

2002-01-10

清水家にて、隼(ハヤト)とくつろぐ哲也    02.1.9

 『皆さんお久しぶりです、哲也です。

 昨年はいろいろ有り難うございました。今年もどうぞ宜しくお願いします!』

 6日の日記にも書きましたが、年末から年始にかけて身の周りであまり良い出来事がなく、挙句に一昨日には、私が山へ入る直前まで14年間勤めていた近くの開業医の先生が急逝される等、本当にさすがの私でも「どうなっているんだろう」と落ち込みかけていた今日この頃。

 そんな中、8日に久し振りに木村哲也君=哲也から連絡がありました。最近全く居所の掴めなかった彼、「いろいろ話もあるので、9日に寄ります」というTELに、私は内心「どんな中味の話かな、良い話かな、それとも…」と少々不安になりました。

 お昼ご飯を食べながら、あんな事こんな事をおしゃべりしました。

 「それでゆかりさん、今年も朝日小屋にお世話になろうかと思って…」

 じゃじゃ〜ん、ブルーな気持ちの続いていた私にとって、この春一番の朗報です!!

 彼は1999年の秋、持病が悪化して山を降りる直前の亡き父に出会い、その時父から翌年アルバイトに来てくれるように頼まれたそうです。そして2000年の夏にはその約束を果たしてくれて、また2001年のシーズンは「新米番頭さん」として頑張ってくれました。

 頼りない「新米管理人」を助けて「新米番頭さん」の哲也は、シーズンを通して体力的にも気持ちの面でも、それはそれは大変だったと思います。

 彼を頼るしかない私は、出来ない事でも要求したり、疲れて投げやりな言葉の彼に「愛のビンタ」を振るった事件もありました(テレビでも放映済み)。「ここを乗り越えられなくては、人間としても一人前の男としても、大きくなれない」などと言った事も…。

 何より、若いスタッフのみんなのチームワークの中心となってくれたのは哲也でしたし、誰にでも好かれる性格と周りを思いやる気持ちは、笑顔を大切にする朝日小屋にはなくてはならない存在でした。でもその分、きっと彼の負担はすごく大きかったのだと思います。

 そんな数々の場面を良く乗り越えてくれた彼でしたが、彼には彼の思いや考えがあって、昨年山を降りる時には、多分2002年のシーズンは朝日小屋に来られないかもしれないと話していたのでした。哲也のこれからの人生を考えるとそれも仕方ないかなと、9割方諦めていた私でしたから、「今年も朝日小屋に来てくれる」という申し出には本当に大喜びです。

 とにかく、これでひと安心。相変わらず頼りない管理人を助けて、一層逞しくなった哲也が朝日小屋で張り切ってくれる事と思います。

 今シーズンも「母と息子のコンビ」で頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します!!

辛い雪の重みに耐えて…

2002-01-10

 家の裏手にある「孟宗竹」

  …北陸特有の水分を含んだ雪の重さにも耐えて、またしっかり起き上がります。

 年末年始に降り続いた雪は、家の庭先の樹木たちにとっても、大変です。時には地面に着く程の雪の重さに、枝をしならせて耐えています。

 今にも折れてしまいそうになりながらも、少しづつ雪が解けていくにつれてまたしっかり起き上がり、いつの間にかまた元のようにシャンと空に向かって枝先を伸ばしています。

 自然の逞しさ、そしてしなやかさ…自分もそうありたいと思います。