北アルプス 朝日小屋

朝日小屋 TEL 080-2962-4639(衛星電話)
北又小屋 TEL 0765-84-8809
開設期間外 朝日小屋連絡所
 〒939-0711 富山県下新川郡朝日町笹川 清水ゆかり
 TEL & FAX 0765-83-2318

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父の無念。。。母の想い。。。

2002-09-23

サラシナショウマの白   蓮華鉱山道にて    02.9.10

 先日、1組のご夫婦が朝日小屋においでになりました。

 受付で宿泊者名簿に記入して頂いて、お食事や入下山のルートについて等ひと通りのやり取りが終わった後に、ご夫婦からこんなお話がありました。
 「一昨年のテント場の受付簿は、まだこちらに保管してありますでしょうか?」
 「一昨年というと、私の父が亡くなった年で私は未だ他に勤めておりまして、小屋の事はアルバイトのみんなに任せていました。その年の諸々の帳簿や書類は私の家にまだ保管してあると思いますが、下山してみないとはっきりした事は分からないのですが…。どうかされたのですか?」
 「実は、私共の息子がその年山で亡くなりまして、この朝日平のテント場で直前に泊まっているものですから、もしかしたら息子が最後に書いた文字がこの目で見られるかと思いまして。。。」

 亡くなられた息子さんは、一昨年の秋、単独行で朝日平のテント場に1泊された翌日の下山途中に遭難、その次の日に物言わぬ姿で発見されたそうです。私も遭難の報告だけは聞いていましたが、まさかご両親が朝日小屋にお見えになられるとは。。。
 まだ30代前半だった最愛の息子さんを、山で失われたご両親のお気持ちを察すると、本当にひと言もありませんでした。
 私にはどんな言葉を掛けて差し上げられるはずもなく、ただ夕食と朝食の時に、「息子さんの分のお食事もご用意させて頂きましたので、どうぞ一緒のお席で召し上がってください」と、準備をさせて頂きました。
 翌朝は、息子さんが山行中に撮られた写真の中で、最後の一枚として残っている朝日小屋の写真を片手に「あの子は、どこ辺りからこれを撮ったのでしょう」と話しながら下山して行かれるお二人の姿を、涙で見送りました。

 お父様はおっしゃいました。
 「週末を利用しては山へ行っていましたが、会社の休みもなかなか取れず、本当なら天候も悪かったので、別の安全なルートで下山してくれていれば…そう思うこともあります。これ位なら大丈夫だと、自分の力を過信していたのかもしれません」
 お母様は話しておられました。
 「小さい頃のことばかり思い出します。。。毎日お墓にお参りして、好きなものを供えているんですよ」

 私の父が一昨年の6月に亡くなって、その年のちょうど3ヵ月後のことでした。
 28年間朝日小屋の管理人を務めた亡き父は、その昔、遭難者の亡骸を「朝日小屋に来ようと思って歩いていた登山者だ。俺が担ぐ!」と自ら背負ったそうです。
 もし父が生きていて、その息子さんに小屋の受付で会っていたら、「明日はどこのルートで下山するの?…雨が降っていたり天候が悪かったら、あのコースは止めた方がいいよ」。。。きっとそんな風に注意していたのではないだろうか、そう思うと私の心も痛みました。

 ご夫婦は、来年はぜひ、息子さんが最後に通った道を辿ってみたいと話しておられました。
 。。。もしどこの誰が忘れても、亡くなった子どものことを親はいつまでも忘れられるはずもありません。