黒部市の「せせらぎハウス」で
2003-02-14
11日(水)、黒部市にある精神障害者社会復帰施設「せせらぎハウス」の皆さんが集まって開かれた研修会に呼ばれ、お話をさせて頂く機会がありました。
当日は、利用者の皆さんや家族会の皆さん、そして新川厚生センター(旧保健所)から担当の関係者の皆さんなど、約25名程が参加しておられました。
年に1〜2回開かれるという会には、今まで講師の先生として医療関係の方を招いておられたと聞きましたので、全く“畑違い”の私としては何を話そうかと迷いました。しかし自分自身の話、山でのいろいろな話、管理人になって感じたこと、山の自然から学んだこと等などを、感じたままに話させて頂きました。
私の拙い話を、皆さんが長時間に亘って聞いてくださって本当に恐縮しましたが、普段の生活とは違う世界の話から、何か『元気の素』を少しでも感じていただけたら幸いです。
以下は、富山県心の健康センターから出されている「こころの健康だより」†12に掲載された私の拙文です。かなり長いのですが、全文を載せましたのでヒマがあったら読んでみてください。
「山」と向き合って
6月中旬、標高2,000mを越える北アルプスの山々はまだ深い雪に被われていますが、間もなく一斉に賑やかな夏を迎え、色とりどりの高山植物たちが山の短い夏を謳歌するかのように次々とその可憐な姿を現してくれます。
高山の夏はわずかひと月ほどで、8月に入る頃にはふっと秋風を感じるようになります。そして10月になると山では早々に冬が訪れ、山全体がひっそりと長い眠りの時期を迎える準備をしながら、静かに時が過ぎるのを待つのです。
そんな6月から10月の約4ヶ月間を、私は北アルプスの最北端・朝日岳(標高2,418m)に建つ朝日小屋で過ごします。小さい頃から父に連れられて登った山で、亡き父の跡を継いで昨年から管理人を引き受け、2年目のシーズンを無事終える事が出来ました。
山小屋の生活では、自然を思いやる気持ちを大切にしながらも、自然から学ぶだけでなく、「下界」の生活では得られない様々な体験の中でいろいろな人たちとのふれあいを通して、人として成長していく歓びさえも感じることが出来るのではないかと思っています。
山にはいろいろな人たちが集います。毎日登山者の皆さんのお世話をする事は、私の大切な仕事です。またアルバイトの若いみんなと寝起きを共にして、早朝から忙しく働いています。
そんな中、夢中で働いた真夏の時期がひと段落した頃、私自身が身体と心のバランスを崩してしまう事がありました。起き出そうと思っても起き上がれない。そんな時、「頑張らなくてもいいんですよ。泣きたかったら泣けばいいし、サボりたかったらちょっと周りのみんなに我慢してもらえば」と、何も言わずに何も聞かずにそっと見守ってくれた友人がいました。頭の中を空っぽにしてゆっくりしたら、翌日はまたいつもの自分のペースを取り戻す事が出来ました。
また、人間関係に悩み管理人としての立場に苦慮している時、その友人は「とにかく、“よく来たね”と先ず受け入れることです」と諭してくれました。山に対する謙虚な気持ちさえ忘れなければ、まるでいつも「山」が私たちを無条件に受け入れてくれるかのように、とにかくまず受け入れるようにとアドバイスをしてくれました。
そんな考え方は、いかにも長年山に親しみ、山と向き合っている友人らしいなと思いました。『あるがまま』の自分の姿をさらけ出すのは、辛いしそれ自体が苦痛な場合もあります。見栄もあれば、自尊心や自我もあります。しかし山の中で4ヶ月間暮らしていると、忙しいのだけれど時間がゆっくり流れるように感じられる時があり、必然的に「山」や「自然」と向き合うようになってくるのでしょうか、人工的なものや人為的なもの、作為的なものなど等の力の無さを痛感させられることがあります。
価値観が多様化し個性の尊重が叫ばれているにも関らず、「こうあるべき、こうするべき」という道からそれることや、所属する集団からの逸脱を避けようとする傾向を否定できずにいる自分。
また携帯電話やインターネットなどが普及した便利な社会は、自分の心の内や思いを自分の言葉できちんと表現しなくても、ともすると、人と人とが現実に結び合ったり繋がらなくても、成り立つ事が出来る何とも不思議な世界を演出してしまう場合があるのではないでしょうか。
閉塞感の中で、がんじがらめになって、「自分らしさ」を見失ったり忘れてしまう事はありませんか。
朝日岳で育つ樹々や高山植物は、北陸地方特有の厳しい自然の中でも、大きく逞しく生き抜いています。時にしなやかに時に頑固に風や雨や雪に立ち向かい、時に枝や幹の姿を変えつつ、自分もその一員として自然の中にしっかりと根を張って生きています。
「山」はいいです。…辛くて苦しくて、厳しくて。しかし真摯に誠実にそれと向かい合った時、山は時に優しく、大らかに、ゆったりと私たちを受け入れてくれます。
ぜひ一度、朝日岳へ遊びにいらっしゃいませんか?
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/02/d20030214a.html