『沈殿』
2005-10-02
9月下旬のある日。
どうやら連泊を決め込んでいた、テント場の30代くらいのお客様に、声を掛けました。
私 「連泊ですか?」
男性「えぇ、このテント場から見える景色がまるで“箱庭”のようで気に入ったので、もう一泊させてもらいます」
私 「“沈殿”ですか、イイですねぇ」
男性「“沈殿”? 何ですか、それ?」
私 「えっ、“沈殿”って、言わないですか??」
『沈殿』…もちろん、国語辞典に載っているそれとは全然意味が違う、「山用語」だと、何十年間も勝手に私は解釈していたのですが。
山小屋やテント場で、天候の影響やその他の都合で(前述の男性の「気に入ったから」というのもその中に入るのかもしれないし、そうでないのかもしれないが)、次の予定地へ移動せず“停滞”を決め込む時によく使った言葉のように思っていました。
解釈が間違っていたら、ゴメンなさいね。
(思い込みの激しい性格なので・苦笑)
そういえば、この数年感じていたことがあります。
山小屋で『沈殿』する登山者の方の、少なくなったこと。
どんなにお天気が悪くても、決して目的地を変更せずに“強行突破”を図る中高年の方のグループが、結構多いです。
さもなければ、日程の都合もあるのでしょう、予定を変更して下山される方たち。もちろん無難で、賢明な選択に違いありません。
でも、私が未だ学生だった頃の「山の世界」と比べると、『お天気が悪かったら、沈殿する』というパターンが、かなり少なくなっているのではないかと実感しているのは、私だけでしょうか。
10時間も掛かるであろう長時間の行程を、知ってか知らずか、それも連続して何日も歩こう(縦走)とする60代後半のグループ。
普通なら1日半や2日は掛かるコースタイムのところを、「大丈夫です。いつも12時間くらいは平気で歩きますから」とあっさり言い切る、これも中高年のパーティー。
夏の間中、ご予約やお問い合わせのお電話で、あるいは受付で、毎日のようにそんな会話を繰り返していると、あっさり『沈殿』を決め込んで小屋の布団にゆったりと潜り込み読書を決め込んでいた、そんな何十年も前の登山者の姿が、とても懐かしくモノトーンで浮かんで来ます。
もし『沈殿』されたら、今日はどんなメニューにしようかなぁ…、そんな風にあれこれ頭を巡らすはずの、ある日の山小屋管理人です。
ちなみに上の写真は、昨晩のメニューです。もちろん、秋バージョン。
最近お出ししていた、「お刺身の昆布〆め」や「車麩の卵とじ」などは、いよいよ昆布〆めが品切れとなり、卵がどうもギリギリ品切れとなりそうなので中止。
それに代わってこの数日登場しているのは、サバの味噌煮(もちろん、手作り)や長いものおろし・サラダ風などです。
それから、牛肉や野菜たっぷりの炒め物。これはなかなかの絶品です!
どれも、料理の達人・テツが中心となって作ってくれています。
もしかして『沈殿』を一度味わったら、また山や山小屋を見る目が少し違ってくるかも。
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