夕方の朝日岳
2003-12-21
残念ながら、デジカメ写真では上手くその感じが出ませんでしたが、真っ白に雪を被ったその様子は神々しい雰囲気を漂わせていました。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/12/d20031221b.html
2003-12-21
残念ながら、デジカメ写真では上手くその感じが出ませんでしたが、真っ白に雪を被ったその様子は神々しい雰囲気を漂わせていました。
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2003-12-23
楽しかった、負釣山での雪中テント泊。「復活」のきっかけとなったその山行を楽しんでも、それでもなお「未だ、今年中に何処か近くの里山へもう一度行きたい!」と密かに目論んでいた“欲張りな”私です(苦笑)。
気忙しい歳の暮れになって、しかも気象の不安定な北陸地方の12月末。
里山といえども、天候をきちんと見定めてからどうしようかと判断せざるを得ない中、昨日はお天気次第で何処かの山へ行きたいと思っていました。
22日朝、予想通り天候は曇り。低く雲が垂れ込めてはいるものの、雨は降っていないので、里山行きを決行することになりました。学校へ行く中学3年生の末娘を送って、午前8時半過ぎそのまま出発しました。娘を迎えに行く午後2時までには自宅に戻る予定で。
行先は、今年一度も行っていなかった「南保富士」に決まりました。
車で林道を何処まで入ることが出来るか、登山口まで行けるのか、雪がどれくらいあるか…、諸々の条件次第では山頂まで行けないかもしれないというコトも考えていましたが、雪の残る林道は登山口まで車を乗り入れることが出来、朝9時過ぎに歩き始めました。
夏道を歩くだけでしたら、遅足の私でもホンの1時間少しで山頂まで行ける里山ですが、今回は山頂まで3時間を予定しました。
ところが…、歩き始めから踏み跡がしっかりしています。そういえば駐車場に車が2台ありましたから、「平日でも、やっぱり登っている人がいるんだ」「でも、昨日の日曜日に何パーティーか登ったのかな」などと考えながら歩きました。
植林された杉林の中を、ゆっくり歩きます。
雪の雑木の林も、しーんと静まり返っています。
少し傾斜の急な斜面もありますが、お陰様でしっかりしたトレースがあったので“かんじき”も着けずに歩くことが出来ました。正直言って、楽し過ぎて少々気が抜けてしまいましたが…。
登り初めから1時間半足らず。
山頂に立つと、曇天の中でも黒部川扇状地も富山湾も見事に見えていました。
トレースの主、誰だったと思いますか?
実は今年、南保富士の山頂に山域監視カメラ(?)のようなモノが建ち、それを動かす為の発電でもしているのでしょうか(?)プロペラ様のシロモノが建てられていました。今回それが故障したらしく、発注先の元受業者さんと地元の業者さんが4人程、先に登って来ていらっしゃったのです。ご苦労様でした。
(山頂の建造物には、少々というか、かなり興ざめでしたが…)
山頂の雪は、深い所で約1メートル近くもありました。先の業者さん達の足跡があったから短時間で登れたのですが、これが初めからのラッセルなどを強いられていたら雪もそれなりに湿った重い雪でしたし、やはり3時間は掛かっていただろうと思われます。
下りはもっと快適で、40分も掛からずに登山口まで戻ってしまいました。少々物足りないかなぁと思いつつ、無理をしない楽しい山行で一年を締めくくられ、本当に有り難いことだと思いました。
今回の忘年・里山の山行には、山好きの知り合いが同行してくれました。「ゆかりの復活」をホンモノにしようと、付き合ってくれました。
気のおけない山友達と、雪の里山をゆっくり歩いて、『今年の山・山・山…』に本当に感謝、感謝です!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/12/d20031223a.html
2003-12-23
山頂では、半雪洞状態のように雪を掘り、その上にツエルトを張って昼食。
大したご馳走は無くとも、下界で口にしている同じモノを食していても、山の上で食べるとどうして何でも美味しく感じられるのか、いつもながらの楽しい時間です。
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2003-12-24
朝日小屋〜山頂までの道の途中で 03.9.30
メリー・クリスマス!!
今宵、どんな夜を過ごしていらっしゃいますか??
まるで、見事なクリスマス・ツリーのように雪化粧したオオシラビソの樹に、寒さを忘れて見とれた「初雪」の日。
クリスマス・イブ、あなたは冬の夜空に、どんな祈りを捧げ何をお願いしたのでしょう…。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/12/d20031224a.html
2003-12-25
クリスマスの今日、富山県地方は多分年内最後かと思われる晴天に恵まれ、雪のない、チョッと淋しいクリスマスではありましたが、山々がそれはそれはきれいに見えました。
雪で真っ白に覆われた朝日岳、雪倉岳、白馬岳。朝日岳の山頂付近からは雪煙が舞い上がっていました。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/12/d20031225a.html
2003-12-28
長女、二女、三女と、家を離れてアパート暮らしをしながら学校へ通っている娘たちも、それぞれ年末になって帰省して来ました。
今日からしばらく我が家は7人家族。年頃の女の子ばかりなので、ペチャクチャ、ワイワイガヤガヤと、それは賑やかな年末になりました。
早くから始めておけばいいのに。。。といつもいつも思いつつ、今年もなかなか腰を上げられなかった年賀状も、今日になってやっとのことで仕上がりました。(やれやれ…ふうーっ…)
今年も残すところ、あと3日。皆さんそれぞれの年末年始を過ごされることでしょう。私もここに来て、ようやくエンジンが回るようになって来ました。
まだ今日は、ゆっくり日記も書いていられませんが、…元気です!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/12/d20031228a.html
2003-12-31
03年も、残すところあと数時間となりました。
大掃除やおせち料理作りもどうにか終わり、やっと新しい年を迎える準備が出来ました。
朝日小屋の管理人になって、3年目が過ぎようとしています。
亡き父から受け継いだ、朝日小屋の管理人。
1年目と2年目は、見ること、聞くこと、すること、そして人間関係…仕事に関することの殆ど全てが初めてで、とにかく無我夢中で過ごした2年間でした。
過去の2年間は、父が大切にしてきたものを「守り、繋いでいこう」との想いがありましたし、とにかく自分がやりたかった仕事だというコトが良く分かっていましたので、「楽しくて、面白くて」そんな気持ちで頑張れたシーズンだったと思います。
自分自身が小さい頃から親しんできた朝日小屋で、若い頃に過ごした記憶や父のやり方を元に、どちらかと言えば「自分自身の想い」だけで何とか出来たのが1年目・2年目のシーズンだったでしょうか。
3年目となった今シーズン、小屋開け前は、これまで以上にお客様に喜んでいただく為にどうしたら良いか、食器を陶器に買替えたり等など、楽しく準備を進めました。
しかし一方で、周りの状況や自分の置かれている立場に対する私自身の認識に微妙な変化が現れてきたようにも思います。
いろいろな事が少しづつ分かってきて、同時に私の中に、「勢い」や「今までの“財産”」だけでない、もっと「確かな」「理想とする」『管理人としての自分の姿』を追い求める姿勢が出てきたのも事実です。
「どうすればいいのか」「どうあればいいのか」が、「こうしなければ」「こうあらねば」といった気持ちに変わり、でもそれが分からないまま、何をどうすればいいのか分からないまま、空回りした部分がずいぶんあったのではないかと思います。
シーズンの最初からいろいろありました。
どうしたら良いのか分からないまま、小屋は大勢のお客様をお迎えするハイシーズンに突入。
正直言って、まさ子さんの件も、白高地沢の一件も、いろいろな意味で最後までずっと引きづったままの4ヶ月間だったかもしれません。
こんな事を書いたら可笑しいと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、山小屋での生活は、下界とは少し異なる世界の広がりを持っているのではないか、小屋のオーナーや管理人には、他とは「違ったモノ」が要求されるようにも、時々思ったりすることがありました。
「頑張りすぎないで」「気を楽にして」という周りの皆さんの励ましも、まだまだ3年目の未熟な私の胸にはストンと落ちないで、全部を自分ひとりで背負おうとして、「ゆかりさんの“はつらつ”とした姿が陰をひそめている。。。」と言われたこともありました。
小屋閉めして下山してから、10月下旬、11月いっぱい忙しい日々が続きました。それはそれで、小屋の関係の仕事ばかりで充実した毎日だったのですが、12月に入ってぽっかりとヒマになった頃、そうした今シーズンの反省やら諸々抱えていた問題が一気に自分の中で噴き出してきて、本当にもうどうにもならない位、自分自身の中でもがき続けました。
もがけばもがく程、自問自答すればする程、先が見えなくなりどうしたら良いのか分からなくなり、その終いにはただ自分自身を責めたり問い詰めたりした毎日。
今思えば、ずい分肩に力が入りっぱなしの“この一年”でした。
でも、いろいろと悩みや話を聞いてもらって勇気付けられたり、たくさんの皆さんに励まして頂いたり、時には本を読んだりテレビを見ていてふっと元気をもらったり…。
いろいろありましたが、この03年は笑顔で締めくくることができそうです。
いいえ、今まで以上に“ひと皮むけて”素晴らしい歳の瀬を迎えることができました。
『大切なものはなに!?』…そう想い続ける自分はステキだし、これからも大事にしたい気持ちです。
でも、もう少し「楽に」考えていければ、と思います。
励まし続けてくださった皆さん、そっと見守ってくださった皆さん、そして朝日小屋を大切に思ってくださる皆さん…。
本当に、一年間有り難うございました!!
来年も、どうぞよろしくお願いいたします!!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/12/d20031231a.html
2003-12-31
肉ジャガをメインに、野菜の天ぷら、豚カラ、スパゲッティ・サラダ、お漬物、オレンジなど。らっきょうも付きます。
もちろんお米は、100%自家米の富山県産コシヒカリです。
それから、食前酒はお好きなモノを。ワインのご注文が多いですね。
「超・有名な、管理人のゆかりさんと…」
「ゆかりちゃんは、有名人だから…」
そんな何気ない言葉に、少々混乱したり戸惑ったりしたのも、今シーズンでした。
自分では、北アルプスの北の端の、名前も余り知られていない小さな山小屋の管理人で、下界に降りれば“ただのオバサン”(それはもちろん!)だと思っているにも拘らず、何度か雑誌に載せていただいたりテレビで番組が放送された為か、あるいはホームページの影響か、私のことを「有名な」という形容詞を付けて呼んでくださる方が少し増えたのも事実です。
街中で見知らぬ方にお会いしても「テレビで見ました。知っています!」と言われたり、山を歩いていても「朝日小屋の清水さんでしょ!?」と声を掛けられたり。
一方で、そんな事や自分の胸の内をチラッと話せば「少し、“自意識過剰”なんじゃない!?」と言われてみたり。。。
「本当の自分とは違った自分が“ひとり歩き”しているんじゃないか。。。」
「私は“有名人”じゃないし、みんなに言ってもらうほど、そんな素晴らしい人間じゃない。。。」
そんなコトを考えたりもしました。
自分の中に、自分の思いとは違った『“公”に近い顔』が生まれつつある事実に、「そうじゃない、私って本当は…」と言いたくてもがいている、私がいました。
そんなコトに捉われて、実はずっと悶々としていたのですが、今は少しづつ、そんな皆さんの声を『励ましの声』として素直に受け入れようとする気持ちや、事実はそれはそれとして受け入れようとする考え方を持てるようになって来ました。
ただ、皆さんには申し訳ないくらい、私の中では「私は私」です。「ただのオバサン」です。
「励ましの声」をたくさん皆さんから頂きながらも、決して背伸びをすることなく、ただ頑張るだけしかないのです。
どうか、温かく見守って頂けたらと思います。
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