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打ち合わせ
2003-03-19
チューリップテレビ・西山プロデューサー、妹の弥生、私の3人で
昨日は午後から、チューリップテレビの西山プロデューサー、実妹の弥生を交えて打ち合わせ。
地元のチューリップテレビさんには、一昨年・昨年と朝日岳と朝日小屋を取り上げた1時間番組を3本も作ってもらいましたが、実は西山さんには昨年から温めていた企画があったそうです。
そこで、3作目のナレーションを担当した妹にも話しに加わってもらい、話を煮詰めようということで、打合せをしました。今年の話や昨年の反省もいろいろ出て、「ああでもない、こうでもない」と話は大いに盛り上がりました(笑)。
「山」は全く素人だった西山さん。でも朝日岳へは、とても苦しく辛く“死ぬような”思いをして何度も登っていらっしゃったので、今は「自分の中では、日本一の山は富士山じゃなくて、朝日岳!」と言い切れるそうです(笑)。
今年も、撮影はあるのでしょうか?…またお待ちしていま〜す!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030319b.html
『ヒスイ海岸』
2003-03-19
朝日岳山頂から、富山湾の朝焼け 02.9.2
先日の掲示板に“ひまわりさん”が、「ヒスイ海岸」という曲のことを書いていらっしゃいましたネ。
そういえば、何年か前にそんなステキな歌が流れていたことを思い出し、早速インターネットで調べてみました。
ありました、ありました!…
NHKの富山県を取り上げた企画の中で作られたのですが、当時素人ばかり3人のユニットがとても澄んだハーモニーを聴かせてくれていました。探してみると、作詞・秋元 康、作曲・後藤次利だなんて、とても豪華なコンビによって作られたことも判明し、ビックリしました。
「大蓮華賛歌」も「夕日ヶ原慕情」ももちろん素晴らしい曲(と、自画自賛)なのですが、こんなステキな曲を忘れてしまってはいけませんよネ。
とてもロマンティックな、そしてちょっぴりせつない曲です。またまた長くなりますが、全曲をご紹介します。
『ヒスイ海岸』
作詞・秋元 康 作曲・後藤次利 歌・キトキト
ねえ 覚えていますか? ヒスイ海岸
二人がキスをした 初めての場所
ねえ 覚えていますか? 波のざわめき
あれから いつまでも 一緒にいたかった
富山空港のロビーで 夢の背中を見送った
ちょっと 無理に笑ったら もう 涙が落ちた
私の恋に羽根が生えて 青い空へ飛んで行っちゃった
やっと 会えたのに 大切な未来と・・・
だけど きっと いつの日にか 胸の奥に帰って来るでしょう
遠い思い出として 私だけの痛みとして
ねえ 覚えていますか? 潮の香りと
「絶対 離れない」 あの日の約束を・・・
古城公園のベンチで ふいに ごめんねと言われて
街を 出ていく決心を そう 教えてくれた
私の恋は鳥のように 籠の外へ逃げて行っちゃった
広い大空と 愛しさは自由よ
誰の恋も縛れないわ あなただけをどんなに愛しても
それは目には見えない 私だけの宝石なの
あなたは遠い空の下で 何を愛し何に愛されて
どんな恋人と 暮らしてるのでしょう?
そして ずっと 探していた 夢の日々は見つかりましたか?
今も瞳閉じれば 見えるでしょう? ヒスイ海岸
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030319c.html
“引越し”を控えて…
2003-03-20
「それぞれの道」 鉢ヶ岳付近の分岐点 02.9.10
ようやく進学先が決まった、二女・はるかと三女・かなえ。ここ数日は、それぞれの同級生や友人達との別れを惜しんで、「あっちで集まり・こっちで集合」の毎日です。
先日も、かなえの高校の体育大会応援団のみんなが我が家に20名も大集合し、まぁドッタンバッタンと大騒ぎ(笑)。夜通し起きて朝まで延々と…、さすがに若者ですネ。
そうこうしながらも、二人の“引越し”の予定日が近付いて来て、私も何やら落ち着かない日を過ごしています。はるかは27日、かなえは30日と決まりましたので、大したことはしてやれなくても、やはりそれなりに準備もあります。
今日も朝から富山・高岡方面へ買い物(と、下見)に出掛けて来ました。こちらで揃えていくものと行った先で購入予定のもの、何しろ二人分なので、もちろん金銭的にもとても大変なのですが、とにかく頭の中がゴチャゴチャしてしまいます(笑)。
それぞれに、入学式用の洋服を買いました。黒いキチンとしたスーツ姿の二人を見ると、やはり昨日までの高校生の姿とはちょっと違って、少し大人びたような気がします。
4月初めまで、もうしばらくドタバタは続きそうです。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030320a.html
深田久弥と朝日岳
2003-03-21
朝日岳山頂に建つ、方位盤 02.7.8
深田久弥の年表を開いてみると、「1903年(明治36年)3月11日、石川県大聖寺町(現加賀市)に生まれる」「1971年(昭和46年)3月21日、茅ヶ岳登山中に脳卒中で死去。68歳」とあります。
今年は、深田久弥生誕百年の年に当たります。
そして掲示板の中で吉村さんが書いておられたように、今日3月21日には生誕の地である大聖寺で33回忌の法要が営まれているそうです。
深田久弥といえば、1964年(昭和39年)7月に新潮社から刊行された『日本百名山』があまりにも有名ですが、“山と渓谷”の3月号では生誕百年を記念して『深田久弥の世界…“日本百名山”の著者の知られざる素顔』と題した特集を載せていましたね。ご覧になりましたか?
深田久弥の百名山の中に、我が愛する朝日岳は入っていません。北アルプスの最北端・朝日岳は「日本三百名山」なのです。
しかし、実は『日本百名山』が刊行される前年の1963年(昭和38年)7月15日から18日にかけて、久弥は蓮華温泉から朝日岳、そして小川温泉のコースを歩いていて、その事が『山頂の憩い…“日本百名山”その後』と題した本(自選の最後の山の紀行文集といわれる)の中に記されています。
今回の山渓特集記事の中では、「回想・素顔の久弥」と題して、その山旅に同行された山本健一郎氏が思い出話を書いていらっしゃいます。
「昭和38年7月。或る山行から」という本文には、蓮華温泉から朝日岳の厳しい急登の感想や、だれもいない朝日岳山頂での寛いだ様子とともに山頂で憩う写真が載せられ、そして大荒れとなった翌日に朝日小屋で停滞し将棋を指した思い出などが綴られています。
しかし、深田久弥が朝日岳を『日本百名山』の最後にでも選んでくれなかったのはいかなる理由からか、時間的には本の最終校正に間に合わなかったのかとも考えられるのですが(微笑)、『山頂の憩い…“日本百名山”その後』を読む限りは、どうも山旅の全行程の印象がちょっと悪かったのかな、と思えてなりません。
それによると、「…全くの天上の楽園である。しばらく私たちはその甘美に酔った。」という一文があるのに、「もう頂上が近いと思わせながら先が長かった」とも書いています。
そしてどうも久弥のお気に召さなかったのが、北又へ下山途中の夕日ヶ原だったらしいのです。「夕日ヶ原だの…(中略)…近頃の少女趣味の名づけかたを私は好まない。何が夕日ヶ原であるものか、コンチクショウ、と言いたくなる」(笑!)
また極めつけは、イブリ山(恵振山)。「どんな山頂であったか、何の思い出も残っていないとこを見ると、取立てて言うほどの峰でもなかったらしい」。。。朝日小屋管理人としては、全く無言です(微笑)。
その後にも、北又から小川温泉への林道のことや小川温泉の様子などが記されているのですが、その文章からみても、どうも深田久弥の朝日岳山行は氏には満足いくものではなかったようですね。
一方、「保勝会50年のあゆみ」「70年のあゆみ」の両方を調べてみたのですが、当時すでに作家として活躍し、またその数年後には日本山岳会副会長にも就任した、かの有名な深田久弥が朝日小屋に2泊もしたという記録は何処にも残っていません。
当時の朝日小屋は、一体深田久弥一行にどんなおもてなしをしたのやら、今となっては分かりませんね。
ちなみに、1963年(昭和38年)に久弥が宿泊した朝日小屋は、1951年(昭和26年)に新築されその後数回にわたる増改築を重ね、その年6月にも食堂や便所の増築工事を完了していたものの、1965年(昭和40年)9月10日の台風23号により全壊。ですから、当時の小屋で久弥が将棋を指したという将棋盤なども、残念ながら今は何も残っていないのです。
夕日ヶ原も、そして恵振山の山頂も、恵振山5合目のブナの林も…どの場所も、できればもっとゆっくり、そして何度も、深田久弥に歩いてもらいたかったですね。
きっと久弥は、夕焼けに染まる日本海に沈む夕陽を見ていないでしょう。それから多分歩いた時期からいっても、夕日ヶ原が一面のお花畑になるところを見ていないのでは…。
また、白馬岳から雪倉岳を越えて来て頂けたなら、朝日岳に対する感想も少し違っていたかもしれません。見てもらいたかったです、残念ですね。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030321a.html
『百名山』でなくても…
2003-03-21
朝日岳山頂から、朝の眺望 02.9.2
深田久弥の『日本百名山』、皆さんいくつ登っていらっしゃいますか?
急激な中高年登山者の増加と、ほぼ時を同じくして始まったのではないかと思われる「百名山ブーム」。しかし最近は、その“火付け役”ともなったマスコミの中にも取り上げ方に少々の反省も見られたり、登山界全体の中でもいろいろの議論があったりして、ブームにも翳りが見えてきたとか聞いています。
私はいくつ登ったのだろう、と思って数えてみました。
でも、何しろ「朝日岳しか知らない」私です(笑)。管理人になる以前に登っていたのは、お隣の白馬岳と、中学校の集団登山で行った立山、そして小さい頃家族で遊びに行った霧ヶ峰。一昨年には笠ヶ岳に登りましたが、2年続けて折立から登った薬師岳は実は山頂を踏んでいません。写真教室に行った美ヶ原は、ピークは何処だったんだろう。
すぐ近くの雨飾山も未踏の山です。これからですね、楽しんで登りたいです。
それからこれは、全く私個人の感想なのですが…朝日岳は、『日本百名山』に選ばれなくて良かったのかもしれません。
もちろん、山を愛する皆さん一人一人それぞれの中に、大好きな山、想い出の山、忘れられない山があって当然なのです。深田久弥もこんな、ある意味の“騒ぎ”や“ブーム”になるとは思っていなかったでしょうね。
私の中では、朝日岳はどの山にもまして『日本一名山』なのです。いつまでも、どんな時にも、愛する山に変わりはありません。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030321b.html
今年の春山は…
2003-03-22
これは、昨年の白鳥山 02.3.31 photo by shun
左側上に見えるのは白鳥小屋ですが、今年はまだ雪の中?
子どもの受験やら何やらでモタモタしているうちに、とうとう3月もあと1週間となってしまいました。あ〜ぁ。。。
実は、3月になったらきっと山へも行けると思っていましたし、いろいろ誘ってくださる方もいらっしゃったので、この連休もそして月末の30日の日曜日にも山行を計画していたのですが、やっぱりちょっとムリでした。
と言っても、今日も娘たちはそれぞれ遊びに出掛けていますし、ただ私の気持ちが落ち着かずに、「さぁ!山へ行くぞぉ〜!!」と腰が上がらないだけなのかも。そういえば、体重も○キロもオーバーし、腰も重ければお尻はもっともっと重たくて…(笑)。いいえ、笑い事ではありません、4月になったら何とかしなくては…。
さて、昨日は白鳥山へ連れて行ってもらう予定もあったのですが、直前にお断りしてしまいました。名ガイド役はいつもの糸魚川の平石さんで、白鳥小屋で楽しく1泊するつもりでした。正直言って、昨日は最高のお天気だったのでちょっぴり後悔もしたりして。
そしたら、夜の7時を過ぎて陽気に弾んだ声で平石さんから電話が入りました。「ゆかりさ〜ん、今白鳥小屋!○さんも△さんもいるヨ!!」と、たっぷり「やっぱり行きたかったなぁ…」と思わせるに充分な内容でした(笑)。
白鳥山へは昨年も3月31日に平石さん達に連れて行ってもらったのですが、今年の白鳥山は、昨年より1週間早いとはいえ、小屋全体がすっぽり雪に覆われ南側がすべて埋まった状態で、平石さん達は2階から小屋に入ったということでした。
また今日は用事があって、蓮華温泉の現地に入っていらっしゃる田原さんとも電話でお話したのですが、蓮華温泉でも今年は昨年より1メートル以上も雪が多いそうです。
富山県警の春山情報にもありましたが、今年の春山は立山剱岳方面でも昨年よりかなり残雪が多く、また雪庇の張り出しも多く見られるということですので、入山には注意が必要とのことです。
3月は何処へも行けませんでしたが、4月になったら残雪の山へ必ず行きたいです!!…“マンサク”の花が見たいなぁ。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030322a.html
春山情報・続編
2003-03-23
立山一の越山荘の佐伯光昭さん 41歳の若きオーナーです!
山小屋協会総会にて 03.3.4
昨日も白鳥山や蓮華温泉の現在の様子を少し書きましたが、今日の地元紙・北日本新聞に立山の記事が載っていましたので、全国の皆さんへ春山の情報として発信します。(以下、北日本新聞朝刊の記事より転記含む)
記事は、『全線開通へ除雪進む・天狗平は積雪8メートル超』という見出しで書かれていました。
立山・黒部アルペンルートでは、4月10日の部分開通、同20日の全線開通に向けた除雪作業が進められており、天狗平(標高2,300m付近)ではブルドーザーが8m近くあるとみられる雪をかき分けて作業が進められているそうです。
20日には、立山山荘協同組合が山小屋周辺の状況を確認する為にヘリコプターを飛ばし、一の越山荘のオーナー・佐伯光昭さんがその折に撮影した写真も載せられていました。
また、天狗平山荘の佐伯賢輔オーナーの話として「昨年は暖冬で雪が少なかったが、今年は雪の大谷で20m近く積もっているかもしれない。地下水もかなり凍結しているとみられ、水の確保が肝心」と、小屋開けに向けて気を引き締めているという様子が書いてありました。
では、夏山シーズンの朝日岳はどうかという予想はもちろん未だ出来るわけもありませんが、昨日の大蓮華山保勝会役員会でも里から見た現在の朝日小屋周辺の様子が話題になり、「今年は雪が多そうだ!」という話でした。
今年の朝日小屋の小屋開けは、6月15日(日)(予定)に決まりました。
あと2ヶ月半余り…。
待ち遠しいですネ〜!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030323a.html
白鳥山・白鳥小屋の最新映像 03.3.21
2003-03-23
私が時々頚城の山を案内して頂く糸魚川市の平石武仁さんから、白鳥小屋の最新映像が送られて来ましたので、ご紹介します。
日本海を背にした映像ですね。昨年同時期と比べても、やはり雪は多いそうです。
4月になったら、私も必ず行きたいです!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2003/03/d20030323b.html