前の記事
次の記事
飲めないくせに…(苦笑)
2004-04-16
里山の花、ショウジョウバカマ 負釣山 04.4.11
夢を見ました。とても美味しそうに、日本酒を飲んでいる私…。
両親に似て、お酒はかなり弱い私です。
ジュースだけを飲みながら2次会・3次会と付き合っていた亡父に似て、宴会の場は大好きで、楽しい飲み会に誘われれば殆どお断りしたことはありませんし、お酒が入ればカラオケに興じて十八番を歌うこともします(苦笑)。
でもお酒が弱いのは自分でも充分承知していて、記憶がなくなるまで飲むということはありません。酔いが回ってきたなぁと自分で感じたら、あとは必ず「お茶のガブ飲み」で“リセット”するようにしています。
そんな私が、夢の中では何だか酒豪のような顔をして、粋に美味しそうに盃を傾けていたから、あら不思議。これって、一種願望かしら(微笑)。
そういえば先日ある飲み屋さんでママさんが、コバルトブルーのとても綺麗な透けたガラスの一升瓶に入ったお酒を「これ、お出ししましょうか?」と私たちに勧めて下さって、皆で頂きました。
今から思えば、日本酒だったのか焼酎だったのか何が何だか分からずに、それでもグラスに注がれてひと口喉を潤した私は「美味しい〜!!」と感激していたように記憶しています。なんて名前のお酒だったのか、ちゃんと聞いておけば良かったナ。
山の上まで、時々ワインをお土産に持って来てくださる方もいらっしゃいます。美味しいワインを頂いて感激することは多いのですが、やっぱり記憶力の無さも天下一品で、どうもお酒の名前は覚えられません。(お酒だけ?)
酒屋さんへ行くと、今度は絶対にあのワインをと思っていても「え〜っと、どれだったけ!?…ドイツワイン、フランスワイン、イタリアワイン、チリだったか、それとも…」もう能書きなんてどれもこれも同じに見えてくるから、ダメですねえ(苦笑)。
お酒を知らないから、そう思えるのかもしれませんが、最近は「日本酒の“冷や”って、なんか美味しいかも!!」などと、思っている私。
私の理想(夢?)の姿は、と言っては大袈裟ですが…、
お客様の少ない静かな山小屋で、「小屋のオヤジ」よろしく、集まった皆さんと盃を酌み交わしながら、夜が更けるまで囲炉裏端でぼそぼそとよもやま話を語ること、デス。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040416a.html
『山がくれた百のよろこび』 山と渓谷社編
2004-04-17
初雪山山頂より、犬ヶ岳を望む 04.3.14
『山がくれた百のよろこび』という本が、山と渓谷社から4月15日に刊行されました。
“山渓”の4月号・5月号にも案内が載っていましたが、それによると…
「山好きの著名人、登山家ら137人が綴るショートエッセイ集。
爽快感、達成感、心の健康、体の健康ほか、山登りによって得られるさまざまな“よろこび”や出会った人々、山でひろったちょっといい話など、執筆者それぞれの視点から、ほろりとくるようないい話を寄せてもらいました。
立松和平さん、不破哲三さん、山野井泰史さん、平山ユージさんほか 」
この場をお借りして、「言い訳」をします。
実は…、
この本、私も書かせて頂きました。
急なお話で、しかもいつもダラダラと書いている私にはちょっと苦痛な「字数に制限あり」だったり、依頼された内容も「う〜ん。。。」と考え込んでしまって、締切り間際にあたふたと書いたこともあり、果たして思うような内容に仕上がったかはかなり疑問です。
それにしても…、
送られて来た本を手に、何だか赤面して、冷や汗まで出るようでした(かなり、苦笑)。
とにかく、前述の錚錚たるメンバーどころか、徳仁親王(皇太子殿下)や、大袈裟に言えば日本の山岳会を代表するような方たちばかりが執筆していらっしゃる…。
これは、かなり「場違い」だったと思わざるを得ないコトになっていました。
「山」に関しては、ひと言もふた言もある有名な山小屋のオーナーの皆さんではなく、管理人になって4年目の私にとの依頼は、単にこの私の、ある意味“新鮮さ”が必要だったのでしょうか。それとも、このHPの存在などを通して「清水だったら、ナンカ書くだろう」と思われてしまったのでしょうか。
自分で好き勝手に「日記」を書いたりしている分には、余り気にはしていなかったのですが、さすがに今回は大勢の方々の中に埋もれてしまうくらいで、執筆者自身がかなり「あ〜ぁ。。。」という感じで、他の皆さんと比べても本当に稚拙な文章で何だか申し訳ありません。
それでも、今回このような機会を与えてくださった山と渓谷社の久保田さんはじめ、編集の皆さんには感謝しており、今後の“叱咤激励”と受け止めたいと思っています。
「ところで…、何を書いたの??」
まぁ、どこかで本を見つけたら、パラパラとめくってみて下さい。
もちろん、他の皆さんは素晴らしい内容で、心に残る文章を書いていらっしゃいますから一読の価値はあるかと思います。
今日は、とことん「言い訳」でした!ゴメンなさい!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040417a.html
肩
2004-04-18
初雪山山頂にて 04.3.14
用事があって、芦峅寺の妹の所へ行って来ました。
かなり以前から、自身の「中年太り」が気になっている私。
年齢的にみても、ある程度仕方のないこともあるのだけれど、どうも腰周りやその他に思いっきり“肉”が付いて、どんどん“醜い体型”になってきていると自覚しています。
40代になると仕方がないのだろうか、これも自然の摂理とばかり、パクパクと食べてはゴロゴロしているばかりのシーズンオフを省みずも、毎朝体重計に乗っては悶々と思い悩む日々が続いています(苦笑)。
以前の日記にも書きましたが、山へ行って結構汗をかきハードな運動をしたつもりでも、山から帰った後には必ず体重が増えているのですから、これはもしかしたらある種の「職業病」なのかと都合良く考えてみたり…(苦笑)。
さて、私から見てもかなりスリムな妹。
「ねぇ、アンタの首周りも結構“貧弱”だからさぁ、私の腰からでも首からでも“肉”を持っていく?あげるヨ!」などと、女兄弟ならではの冗談を言うと…。
「ねぇ、それってもしかしたら、リュックを担ぐからじゃないの?こんな私でも、高校時代の山岳部の頃って、肩がやけにずんぐりと盛り上がっていたよ!」
そういえば…
30代後半のある日、首周りがナンだかヘンだなぁと気付いた時、それがまさに「中年太り」の始まりで、それが首の後ろ側に付いた“余計なお肉”だと知らされるまでには当時少しの時間が掛かりました。
しかし、そんなこともあって、最近気になりだした今回の肩の盛り上がりはてっきり、またまたあの“余計なお肉”だとばかり思っていたのですが。。。
バナナ一本持つのも嫌だ、テルモスなんて重たくって誰か担いでくれないかな…などと、「自己責任」とはほど遠い戯言を言っていた頃はいつしか過ぎていき、それなりの荷物も担げるようになったと内心喜んでいる私なのですが。
この『肩の盛り上がり』は、「中年太り」か、はたまた「山歩きの“勲章”(代償?)」か。
かなり微妙な問題です。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040419a.html
しばらく、留守に…
2004-04-20
ピンク色が鮮やか、イワウチワ 負釣山 04.4.11
バタバタと、これから出掛けます。
今日は馬場島の近くで、知り合いの方達と1泊。
明日の朝早く帰って来て、そのまま白鳥山へ向かいます。翌22日から、さわがに山岳会の小野 健さんたちの「除雪山行」に合流する為、遅足の私は、ひと足早く白鳥山へ登ることにしました。
戻って来るのは24日なので、しばらく日記はお休みさせてください。
では、行って来ます!!
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040420a.html
『栂海山荘除雪山行』
2004-04-27
朝陽の中の白鳥小屋 04.4.22
私の山歩きの中でも、毎年の恒例となった『栂海山荘除雪山行』。
今年も、21日〜24日の日程で行って来ましたが、まさに「春山の楽しさを満喫し、そして春山の怖さを知る」山行となりました。
さわがに山岳会・小野 健さん達の除雪山行ですが、今年の私は都合もあって、皆さんより一日早く入山して白鳥小屋に泊まり、翌日栂海山荘で小野さん達と合流、皆さんより一日早く下山するというスケジュールになりました。
21日午後は、坂田峠から出発。同行はカタクリクラブの小野茂信さんとカメラマンの森下 恭さんで、この夜の宿泊は白鳥小屋です。
しかし、いきなりの金時坂の急登はいつもいつも本当に辛いのです。私にとってはまさに『春の行』。。。(苦笑)
せっかく咲いているカタクリやイワウチワの花を愛でる余裕も無く、「なんで来たんだろう…、帰ろうか…、帰りたい…」そんな問答を繰り返しながら、とにかくどうにかシキワリの水場まで登りきってしまうと、後はどうにか白鳥小屋を目指すことができました。
夏を思わせるような陽気の中、ほぼ予定通りに小屋に到着。
早々と始まった3人だけの宴でしたが、「おい、ゆかりちゃん。どうしたんや!?」の声もいつしか遠く、疲れていたのでしょうか、夕食も殆ど摂らずにむにゃむにゃと寝言(うわ言?)を言いながら、私はナント夕方6時半からすでに深い眠りに落ちてしまったのでした。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040428a.html
アップダウンを繰り返し、いざ栂海山荘へ
2004-04-27
彼方に聳える犬ヶ岳(左)、初雪山(右) 04.4.22
翌22日は、結構風が強いものの、青空が広がるお天気に恵まれました。
早朝坂田峠から登っていらっしゃる小野さん達一行より、私たち“先発隊”はとにかくひと足早く栂海山荘に着かなければと、7時半には白鳥小屋を出発しました。
前日の金時坂が『春の行』であるならば、激しいアップダウンを繰り返しながらの栂海山荘までの道のりは一体何と形容すればよいのやら。。。私にとっては、かなり覚悟の必要な行程です。
白鳥山を下り、下駒ヶ岳を登りそして下り、菊石山を越え、“黄蓮の水場”から“黄蓮の頭(かしら)”へと続く厳しい黄蓮山の登りに喘ぎ、最後の栂海山荘までのキツイ登り。。。細尾根の急な登りの向こうに見える山荘の赤い屋根がなかなか近付かないで苦しみましたが、今年もどうにか春の栂海山荘に辿り着くことができました。
お天気が良かったので、着いて早々“先発隊”3人で小屋の戸や窓を開けて空気を入れ、湿気で重たくなった毛布を屋根の上に干したりと作業を開始。夕食の準備も始めました。
まだ陽の高いうちに、小野さん他のメンバーが到着。坂田峠から一気にやって来た皆さんですが、健脚揃いばかりで「さすが!」のひと言です。
夕方までお天気はまずまずで夜には満天の星空も見えたのですが、天気予報は最悪で、翌23日には冬型の寒気が入り込んで大荒れの予報。
お天気が良ければ、23日は黒岩平まで恒例の“お散歩”の予定でしたが、どうやら叶わぬ様子か。。。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040428b.html
一転して、まるで冬山の様相…
2004-04-27
雪の付いた、黄蓮のブナの林 04.4.24
23日は、朝から雨。この日登って来る予定の、まーちゃんとひとみさんが心配です。
もちろん黒岩平までの“お散歩”は中止。朝のうち少しだけ小屋の中の片付けなどをした後は、外へも出られない悪天となってしまいまさに“沈殿”状態…
となれば、することは他にはなく時間も気にせずアルコールが入り上機嫌で話の華が咲くか、あるいは毛布に包まるだけとなってしまいました。
午後になってまーちゃんやひとみさんの到着が待たれる頃には、外は霙まじりの強風が吹き荒れるようになりました。気温もぐっと下がって来ました。
午後3時過ぎ、二人が到着。小屋で心配していたみんなにもようやく安堵の表情が浮かびました。
しかし、夕方を過ぎてお天気はますます悪くなる一方です。翌24日にはどうしても下山しなければいけない私は、内心かなり不安でした。
今回どうしても他の皆さんより一日早く下りなければいけなかった私。一緒に下山してくれる予定のシュンちゃんの他に、あまりの悪天候を心配して、カタクリクラブの斎藤さんと相澤さんが同行して下さることに決まりました。
明日はどうするのか。。。
どうしても下りないのなら、何とか下界と連絡をとって用事をキャンセルし、下山を一日延ばすか。。。
ただでさえ、栂海山荘から白鳥山までの(最終的には坂田峠までだが、とにかく白鳥小屋まで)長くて急坂のアップダウンを心配している私は、唸りを上げて吹き荒れる外の天気に正直言ってかなり気持ちがぐらつきました。
しかし諸々を総合的に判断し、「決して無理はしないが何とか下山できる、下山する!」と決めた私は、闇夜に雄叫びをあげるように荒れ狂う外の猛吹雪を気にしながら、とにかくゆっくり身体を休めることにしました。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040428c.html
春山の楽しさ、そして怖さ
2004-04-27
吹雪の中での下山、 とにかく記念撮影だけでも。。 04.4.24
一晩中荒れ狂ったお天気は、24日朝になっても収まらず、新雪は栂海山荘前で約20cm。2日前までの夏を思わせるような陽気が一転し、まさにこれが春山の怖さか…という思いが過ぎります。
小野さんはじめ、他の皆さんとゆっくり小屋の前で記念写真を撮る余裕もないくらいの悪天候。
しかし、栂海新道のヤブ刈りに毎年汗を流してまさに「自分たちの“庭”」のようにしていらっしゃるカタクリクラブの斎藤さん・相澤さんのお二人、そしてどんがら山の会の村山さんの同行で、とにかく私さえ頑張れば何とか…という思いで栂海山荘を出発しました。
「とにかく事故なく下山しなければ」「他のメンバーに迷惑は掛けられない」と、気持ちが“しっかり”していたせいもあるのでしょうか、いつもなら「また辛い登りかぁ。。」と萎えてしまいそうな時にも頑張れました。また、ホワイトアウト状態の中でも皆さんの確実なルート取りもあって、頑張って歩けたように思います。
下駒ヶ岳を過ぎて白鳥山への登りにかかる辺りで、サーッと青空も見えてきました。雲の流れが速くお天気は安定してきたと言うほどではありませんでしたが、白鳥小屋に着く頃には振り返ると犬ヶ岳もはっきり望むことが出来ました。
白鳥山からの下りでは、太陽が顔を出して暑くなってきたほどでした。
坂田峠に無事下山。栂海山荘の出発から約5時間15分でした。
今回は、私の都合で小野さんと一緒に歩くことが出来ず残念でしたが、また次回。
春山の楽しさ、素晴らしさ。そして一転した天候、その怖さ。
とても貴重な経験となりました。
この記事の URL : http://asahigoya.net/diary/2004/04/d20040428d.html